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上司から治療の必要がないパワハラがされた事例:労災が認められた理由は?

この記事で解決できるお悩み
  • 上司から、治療が必要ない程度のパワハラを受けた場合、労災になるの?
  • 労災かどうかについて、労基署はどうやって調査しているの?
  • 実際の事例で、労基署がどのように判断したのかを知りたい!
弁護士・社労士 小瀬弘典

こんな悩みを解決できる記事を書きました。

精神障害に関する労災申請や、会社に対する損害賠償請求を積極的に取り扱っています。

この記事で解説する「【上司から治療が必要ないほどのパワハラがされた事例】労災が認められた理由は?」を読めば、労基署がどのような事実を重視して労災であると認定した(認定しなった)のか、その理由がわかるようになります!

まずは、「結論として、上司から、治療が必要ない程度のパワハラを受けた場合、労災になるの?」という疑問に回答しているので、ぜひ読んでみてくださいね。

ただし、結論だけ覚えてもまったく役には立ちませんのでご注意ください!

具体的な事例の中で、労基署はどのようなポイントを重視して判断をしたのか、その判断するプロセス(過程)に注目して読んでくださいね。

厚生労働省が作成した「精神障害の労災認定実務要領」に掲載された事例をもとに一部改変して、解説していきます。

目次

結論とポイント!

認定結果

業務による強い心理的負荷(ストレス)が認められたため、労災(業務上)であると判断されました。

ポイント

この事案のポイントは、次の2点です。

  • Aは、上司から暴行を受けました。
  • 治療が必要なほどではありませんでしたが、暴行は執拗(しつよう)に行われました。

「出来事」に対する心理的負荷(ストレス)の強さを判断したポイントや、医学意見の聞き取りに関するポイントは、次のとおりです。

  • 上司からパワーハラスメントを受けたことは、厚生労働省が定めた「業務による心理的負荷表」の項目22「上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」で評価します。
  • 治療が必要ない程度の暴行は、「執拗(しつよう)に行われた」かどうかで、心理的負荷(ストレス)の強さが「中」か「強」かを区別します。

事案の概要

業務による心理的負荷(ストレス)について

まずは、登場人物について整理します。

  • 労働者(労災の請求をした人) Aさん
  • Aさんの勤務先 X社
  • Aさんの上司 B係長
Aの日常的な業務

・東京都千代田区内のビル、家屋の新築工事に関する施工管理
・各種諸手続に関する書類作成
・下請・関連業者への安全教育

年月出来事
平成31年4月~Aが施工管理を担当していたマンションの新築工事は、平成31年3月末に工期を終える予定でしたが、翌月15日まで工期が延長してしまいました。 工期が延長してしまったことは、Aが下請会社への連絡を忘れてしてしまったことが原因でした。

平成31年4月15日まで工期が延長したことについて係長Bに報告し、原因がAにあることを伝えた ところ、係長Bから叱責(しっせき)されました。

また、下請会社への連絡を忘れたことを言ったところ、別室へ連れられ、係長Bから左肩にパンチされ、「なに初歩的なミスしてんだ」と言われました。その後「この仕事何年してんだ」 と言われながら、額にデコピンを2回されました。

Aは、複数の仕事が重なってしまい連絡ミスを起こしてしまったことを理由に謝罪しましたが、 係長BはAが口答えしていると感じたらしく、叱責(しっせき)は4時間くらい続きました。

叱責(しっせき)の中で、Aは両頬と両耳を各5回、合計10回ほど引っ張られまし た。 係長Bは「新人ではないのに初歩的ミスをして、本当に反省しているのか」、「話しをちゃんと聞 いてるのか」などと繰り返して、そのたび、頬や耳を引っ張ってきました。

頬や耳は何回も引っ張 られたことで、その日の夜は赤く腫れていました。翌日には痛みと腫れも治まったので、病院には行っていません。

係長Bからの叱責(しっせき)で、人間性を否定するよう発言はありませんでした。 また、私のミスで工期延長となりましたが、減給もなく会社からのペナルティーは一切ありませんでした。

心身の症状について

年月心身の症状
平成31年4月Aは、平成31年4月15日の夜から、叱られる夢を見るようになり、眠れない日が続くようになりました。

食欲もなくなり、何事に対してもやる気が出 なくなりました。 このような状態が毎日続くようになりました。

Aは、外出する気力もなくなり、会社にも行けず休むようになったので、 平成31年4月25日に自宅近くのメンタルクリニックに受診し、 適応障害と診断されました。

主治医などの意見

労基署からの質問事項主治医の意見
貴院への初診日についてご回答ください。平成31年4月25日初診
貴院に受診したきっかけ(来院経路等)及び初診時の主訴について、ご回答ください。平成31年4月15日に社内で暴行を受け、その日から、不眠、食欲がない、やる気が出ないなどとの主訴により当院を受診しました。
初診時における症状についてご回答ください。初診時の症状は、食欲不振、不眠、意欲低下の症状を確認しました。
疾患名とそのように判断された根拠について、ご回答ください。(できる限り、ICD-10の診療ガイドラインに基づきお書きください)暴行エピソード以外にストレス要因は無く、上記の症状から適応障害 (F43.2)と診断しました。
発病時期とそのように診断された根拠について、ご回答ください。(できる限り、発病時期は絞り込んでお書きください)発病時期は、社内の暴行エピソード後の症状出現のため、 平成31年4月中旬と考えます。
発病原因とそのように診断された根拠について、ご回答ください。発病原因は、過去の重大なストレス要因及び精神症状のエピソードがなく、会社の暴行エピソードが心的ストレス要因となっていると認められます。
治療経過、投薬状況などの治療内容、現在の症状について、ご回答ください。休養の指示、マイスリーを中心とした薬物療法、精神療法を実施しました。
精神障害の既往歴について、ご存知であればご回答ください。精神障害の既往歴はありません。
他の医療機関・診療科の受診の有無、有の場合はその内容について、ご存じであれば回答ください。他の精神科への受診事実はありません。

就業事項や労働時間の把握など

調査事項調査結果
所定労働時間9:00~18:00(所定労働時間 8時間)
出退勤の管理方法タイムカードによる出退勤管理
労働時間の状況時間外労働の申立はありませんでした。

労基署の判断

具体的出来事

上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた(項目22)

Aは、自身のミスにより工期延長を招き、平成31年4月15日に、B係長から叱責(しっせき)された事実が認められます。

叱責(しっせき)は4時間程度にわたり、その最中に左肩を殴られたこと、額にデコピンを2回されたこと、両頬と両耳を各5回程度引っ張られたことが確認されましたが、これらの行為で治療をした事実は認められませんでした。

よって、具体的出来事の「上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」に該当し、上司等から暴行等の身体的攻撃を執拗(しつよう)に受けたと認められます。

心理的負荷(ストレス)の強さの総合評価は、 「強」 と判断されました。

恒常的長時間労働(1か月おおむね100時間の時間外労働)

確認できませんでした。

業務以外の出来事

確認できませんでした。

個体側要因

確認できませんでした。

労基署の判断を徹底的に解説!

心理的負荷(ストレス)の強さに対する判断

基準のおさらい

上司からパワハラを受けた場合の心理的負荷(ストレス)の強さは、厚生労働省が定めた「業務による心理的負荷表」の項目22「上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」によって評価されます。

具体的に該当する項目を次のとおり抜粋します。

スクロールできます
出来事の類型具体的出来事心理的負荷の総合評価の視点
⑤パワーハラスメント上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた・指導・叱責等の言動に至る経緯や状況等
・身体的攻撃、精神的攻撃等の内容、程度、上司(経営者を含む)等との職務上の関係等
・反復・継続など執拗性の状況
・就業環境を害する程度
・会社の対応の有無及び内容、改善の状況等

(注)当該出来事の評価対象とならない対人関係のトラブルは、出来事の類型「対人関係」の各出来事で評価する。

(注)「上司等」には、職務上の地位が上位の者のほか、同僚又は部下であっても、業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、その者の協力が得られなければ業務の円滑な遂行を行うことが困難な場合、同僚又は部下からの集団による行為でこれに抵抗又は拒絶することが困難である場合も含む。
【「弱」になる例】
・上司等による「中」に至らない程度の身体的攻撃、精神的攻撃等が行われた
【「中」になる例】
・上司等による次のような身体的攻撃・精神的攻撃等が行われ、行為が反復・継続していない

▸治療を要さない程度の暴行による身体的攻撃
▸人格や人間性を否定するような、業務上明らかに必要性がない又は業務の目的を逸脱した精神的攻撃
▸必要以上に長時間にわたる叱責、他の労働者の面前における威圧的な叱責など、態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える精神的攻撃
▸無視等の人間関係からの切り離し
▸業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことを強制する等の過大な要求
▸業務上の合理性なく仕事を与えない等の過小な要求
▸私的なことに過度に立ち入る個の侵害
【「強」である例】
・上司等から、治療を要する程度の暴行等の身体的攻撃を受けた
・上司等から、暴行等の身体的攻撃を反復・継続するなどして執拗に受けた
・上司等から、次のような精神的攻撃等を反復・継続するなどして執拗に受けた

▸人格や人間性を否定するような、業務上明らかに必要性がない又は業務の目的を大きく逸脱した精神的攻撃
▸必要以上に長時間にわたる厳しい叱責、他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責など、態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える精神的攻撃
▸無視等の人間関係からの切り離し
▸業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことを強制する等の過大な要求
▸業務上の合理性なく仕事を与えない等の過小な要求
▸私的なことに過度に立ち入る個の侵害

・心理的負荷としては「中」程度の身体的攻撃、精神的攻撃等を受けた場合であって、会社に相談しても又は会社がパワーハラスメントがあると把握していても適切な対応がなく、改善がなされなかった

※性的指向・性自認に関する精神的攻撃等を含む。
業務による心理的負荷表」8ページ

「上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」場合の「平均的な心理的負荷の強度」は「Ⅲ」であるとされています。

そのため、「上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」場合、一般的な事例では、心理的負荷(ストレス)の強さは「強」となります。

この表の「強」の部分が薄いグリーンで塗られているのは、一般的な心理的負荷(ストレス)の強さは「強」になるという意味です。

この事例のあてはめ

この事例では、Aは、自身のミスにより工期延長を招き、平成31年4月15日に、B係長から叱責(しっせき)された事実が認められています。

そして、叱責(しっせき)は4時間程度にわたり、その最中に左肩を殴られたこと、額にデコピンを2回されたこと、両頬と両耳を各5回程度引っ張られたことが確認されました。

これは、Aの「上司等」であるB係長から、「身体的攻撃」を受けたと認められます。

そして、「身体的攻撃」が治療を要するものであれば、心理的負荷(ストレス)の総合評価は「強」になります。

しかし、今回の事例では、これらの身体的攻撃でAが治療をした事実は認められませんでした。

次に、「身体的攻撃」が治療を要しない程度のものであったとしても、身体的攻撃を「反復・継続するなどして執拗(しつよう)に受けた」場合には、心理的負荷(ストレス)の総合評価は「強」になります。

今回の事例では、4時間程度にわたり、左肩を殴られたこと、額にデコピンを2回されたこと、両頬と両耳を各5回程度引っ張られたことが認められています。

このような長時間にわたり、継続して叱責(しっせき)されながらB係長から暴行を受けたことは、身体的攻撃を継続して受けたと評価できます。

よって、具体的出来事の「上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」に該当し、上司等から暴行等の身体的攻撃を執拗(しつよう)に受けたと認められます。

このように、Aには、心理的負荷(ストレス)の強さが「強」とされる例に該当する具体的出来事があったことから、心理的負荷(ストレス)の総合評価が「強」であると判断されました。

その他の判断

1か月おおむね 100 時間の時間外労働(恒常的長時間労働)、業務以外の心理的負荷(ストレス)、個体側要因(本人の要因)のいずれも確認できなかったことから、そのまま労災(業務上)であると判断されました。

労基署の判断を理解して手続を進めよう!

ご紹介した「【上司から治療が必要ないほどパワハラがされた事例】労災が認められた理由は?」を読めば、労基署がどのような事実を重視して労災であると認定した(認定しなった)のか、その理由がわかるようになります!!

最後に、ご紹介した内容をおさらいしておきましょう。

今回の事例で労災が認められた理由をまとめると、次のようになります!

  • 上司から、身体的攻撃のパワハラを受けた場合、厚生労働省が定めた「業務による心理的負荷表」の項目22「上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」に該当するかどうかを判断します。
  • 「身体的攻撃」は、「治療を要する程度」のものであったかどうかによって、心理的負荷(ストレス)の総合評価を「中」「強」とに区別します。
  • 「身体的攻撃」が「治療を要さない程度」のものであったとしても、「反復・継続するなどして執拗(しつよう)」に行われた場合は、心理的負荷(ストレス)の総合評価が「強」と評価されます。

ご紹介した内容を理解すれば、あなたのケースにおいて、精神障害で労災が認められるために何が必要なのかわかるようになります!

「自分の精神障害が労災になるか知りたい!」、「会社に対して損害賠償請求したい!」という方は、別の記事の解説もチェックしてみてくださいね!

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この記事を書いた人

小瀬 弘典のアバター 小瀬 弘典 弁護士 ・社労士

弁護士・社会保険労務士の小瀬 弘典(オセ ヒロノリ)です。

2011年に弁護士登録してから、年間300件以上の法律相談と紛争解決業務に携わってきました。

他の弁護士と違うのは、社会保険労務士の資格を持ち、「うつ病」などの精神障害の労災・損害賠償請求について独自のスキルと経験を身につけている点です。

これまでに多くの結果を出してきた手法やノウハウを、惜しみなく提供していきます。

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